旅の準備旅のルート日記旅の情報掲示板


慶州(キョンジュ) 佛國寺(ブルコクサ)
世界遺産の佛国寺。13世紀に書かれた歴史書「三国遺事」によると、751年に 金大城が建てたとされている。朝鮮半島が新羅によって統一され、仏教文化が花開いた頃に建立された。 多くは放火、焼失してしまっているので、一部を除いて再建されたものであるが、緑と赤のコントラストが当時の仏教美術を物語っている。
 

慶州(キョンジュ) 大陵苑 (テヌンウォン)
大陵苑は、新羅時代の古墳が散在するキョンジュ市内の公園 広さは12万坪以上になる 大陵苑の入り口を飾る美しい門
左上:大陵苑公園内は、古墳と木々花々が美しい
左:天馬塚は内部が公開されており、古墳内の構造を見て取ることができる。(写真撮影は不可)出土品は、5〜6世紀のものと言われている。
チョムソンデ 東洋で最も古い天文台と言われている 大陵苑はこのような壁で囲まれた広大な公園
さすがに韓国屈指の歴史的遺産だけに、修学旅行の小中学生でごった返していた。特に、石窟庵なんかはひどかった。。まぁ、自分も小学校の時はこうだっからなぁ。 バスターミナルで食べた冷麺。冷麺ひとつ3000ウォンで、キムチやらたくあんやらたくさんついてくるが韓国料理のいいところ。
ソウル 仁寺洞 インサドン

左上:アンティークな街、仁寺洞の風景
上: 仁寺洞でよく売っている韓国の伝統的なお面
左:休日ということでパフォーマンスをしていました
オドゥサン第一展望台

左上: 板門店ツアーで最初に寄ったのがこのオドゥサン展望台

上:展望だからの景色。少し曇っているが、川の対岸は北朝鮮領土

左:展望台の中には博物館があります。写真は北朝鮮の小学校の教室らしいですが金日成・金正日の写真がある以外はあまり日本と変わらない
板門店 パンムンジョム
板門店(JSA:共同警備区域)内では、国連軍のバスに乗り換える。バスには、米軍の兵士が添乗。 このような国連軍の戦用ジープがバスを先導。
板門店を南側(韓国側)から見たところ。正面の白い大きなビルは反対側、北朝鮮の施設板門閣。写真中央左の平屋は軍事停戦委員会本会議場。南北会談などが行われる。青い平屋は韓国側が所有、白いものは北側が所有。この二つの平屋が休戦ラインをまたいでいる。 南側所有の軍事停戦委員会会議場。兵士の警備が物々しい。
停戦委員会本会議場内。写真下部にある、テーブル上のマイクのあたりが休戦ラインにあたる。それより向こう側は北側領土。兵士は韓国軍兵士だが、観光客の見学時のみ建物北側内まで警備する。 兵士達は皆同じ形のサングラスをかけており、顔がわからない。観光客が見学し終わるまでずっとこのポーズのまま一言も発しない。ここでは、兵士に話しかけることはできない。このポーズはテコンドーからきているとのこと。
停戦委員会会議場内から見た、南北朝鮮を隔てる国境。(正確には休戦ライン) 北側所有の板門閣。写真撮影は自由とのことで、望遠で撮ったら北朝鮮兵士がはっきり見える。
帰らざる橋。007の最新作でもでてきた帰らざる橋。戦後の捕虜交換の際に兵士達が自国に戻るか否かの選択を与えられ、一度渡るともう2度と戻ってはこれない、というところからこの名称がついた。 板門店内にある南北停戦ラインを示すサイン。
ソウルの街中
上:南大門をバックに。ソウルの街中にはこのような昔風の門がいくつもあり、夜になるとライトアップされとても美しい。

下:宿泊先のゲストハウスはチョンノという地区に近い。ここは、昔から商業地として栄え、都会の喧騒的な部分と、近くのインサドンや屋台などが象徴的な伝統的・下町的な側面を併せ持っている。
上:最近流行りのチムタク。鶏肉と野菜、春雨などを甘いソースで煮込んだもの。甘いといっても僕には十分に辛かった。

下:ミョンドン(明洞)はソウルの北部エリアで最もにぎわっている地区のひとつ。


上:韓国の女性は屋台が非常に好きみたいだ。露天の屋台でトッポッキなんかを立ち食いする様はあまり東京では見られない光景。

右:ジョンノの都会的な部分。ミレニアムタワーは外資系企業なども入っていて、地下はデパートになっている。

下:ジョンノの下町的な部分。ちょっと路地裏に入るとこんな昔風の風景が残っている

下:チャンドックンのある昌徳公園に立つ敦化門。こういうものがストリートにマッチしているところがソウルっぽい。 上下:ソウルには地下鉄も網の目のように通っているが、東京に比べるとやはりバスの役割が大きいと思う。大通りのバス停には、3ケタの番号で区別された様々な行き先のバスがひっきりなしに通る。

ソウル 景福宮 キョンボックン
キョンボックン(景福宮)は李氏王朝を興した李成桂(太祖)が1394年に交流した王宮。ソウルに数ある王宮の中で最も古いもののひとつである。豊臣秀吉の文禄の役で焼失するも、その後再建された。 入り口のところでは、ちょうど交代の儀式のようなものをやっていた

左上:カラフルな紋様は、キョンジュを思い起こさせる。。でもこの色にも少し飽きたような。。

上:外国からの使者をもてなした建物

左:どこなく雰囲気が中国っぽい。。